上海日記
【 3月20日から3月23日 】

3/20
(木)

・待ち遠しかったローズとの再会の日だ。昨年の5月に彼女が故郷の蘭州へ帰ってから、10ケ月が経ったけど,なんだかそれ以上の月日が流れたような気分だ。今だから話せる話だけれど、私はローズが帰国する前日から3日間も泣いていたあげくに、帰国後一週間はローテンションな状態に陥って、ひで坊を困らせていた・・・。
・今朝のテレビは何処も戦争の話題だ。今日の午前中には米英軍によるイラクへの爆撃が始まる.。私もぎりぎりまでニュースを見ていた。
・さて、搭乗手続きの時間になり,旅行代理店からあらかじめ渡されていたチケットをカウンターに出した。そこで航空券をもらったので、航空券の内容を確認。すると旅行代理店の書類には"到着:虹橋空港"と書いてあったのに、チケットに書かれていたのは"浦東空港"だった。数日前ローズに"虹橋空港に着きます"とEメールを送っており、彼女からも"空港で待ってる"と返事をもらっていたので、私とカメリアはびっくり!
航空会社の人によると"虹橋"は今は国内線になっており、国際線は"浦東"なのだそうだ。もしローズがこのことに気づかずに"虹橋"へ行ってしまったら大変だとおもい、私は上海の彼女の家へ電話をかけた。しかしよりにもよって、電話に出たのはローズのお父さんだった。慌てた私の口からとりあえずでた言葉は「ニーハオ」・・・。
それから中国語で、自分の名前と自分が日本人であること、「ローズは居ますか?」などの簡単な言葉だった。四声をちゃんと言えたかなんて覚えていない。ローズのお父さんは「I am father」と英語で返事をしてくれた。それからお父さんは「Office」と一言。そしてローズの携帯電話の番号を教えてくれた。ものすごくスローリーな英語で・・・。
・ 私とカメリアの次なる難関、それは携帯電話への国際電話のかけ方だった。
とりあえず、中国語の先生へ電話をかけてみた。先生は「旅行のtravelの語源はトラブルtroubleだと思う」と教えてくれた。これは先生なりのジョークなのか、それとも本当なのか。とりあえず、ローズに電話をかけることができた。しかし、こっちの慌てぶりと裏腹に、ローズはいたって冷静だった。彼女にことの次第を説明すると「あたりまえだよー。虹橋は国際線だよ。あなたたちは浦東に決まってるよ。」と笑われた。
・そして、私とカメリアは無事に上海の浦東空港へ到着し,ローズとの再会を果たした。
今夜はバスで和平飯店 南楼 へ行き,チェックインを済ませた後,ローズが予約してくれていた新天地の中華レストランへ食事に行った。生まれて初めて"カエル"を食べた。ぷるぷるだった・・。
レストランへ向かうタクシーの中でも、ラジオから戦争の報道が流れていた。
ついに攻撃が始まった。中国はこの戦争に反対している。

3/21
(金)


・朝,ホテルの階段で記念撮影をしていると、西洋人の家族がやってきた。若いお父さんらしき男性が「写真をとりましょうか?」と話し掛けてきた。日本語が上手な人だった。そして写真をとり終えた後、微笑みながら去っていった。その後、3人で外灘を散歩。大きな河(黄浦江)を挟んで有名なテレビ塔"東方明珠"や高層ビルが見える。
天気がよくて、お散歩にはもってこいだった。途中タクシーを拾って"豫園商場"へ。ここにはみやげものショップからデパート、レストランや映画館、スターバックスコーヒーなどがある。世界中から観光客が押し寄せていた。
私たちの一番の目的はここにある"南翔饅頭店"の"小龍包"を食べることだ!。今日は朝御飯も食べずに、ひたすら小龍包に思いを馳せていた。カニの卵がほのかに甘くて、肉汁たっぷりのスープが、本当にぼたぼたと落ちてしまう。私たち3人は菊茶を飲みながら,お腹いっぱい小龍包を堪能した。
豫園商場での買い物を終えた私たちが次に目指したのは,東台路古玩市場だ。ここにはおもしろアンティーク(うさんくさいアンティーク?)雑貨がたくさん。かわいい唐子やら古びた時計,怪しい置物、古書、家具,布製品、茶器、様々なものが売られている。でも、買い物袋の数が増えてくると、なんだか視線を感じるようになってきた。明らかに私たちは浮いていた。この場は早々に逃げたほうがよさそうだったので,急いでタクシーに乗り込んだ。べつに付け狙われていたわけではないけどね。(なんとなく怖かったから)
・一旦ホテルに帰ってきた私たちは,夕方から南京東路を散歩しながら南京西路の景徳鎮釜の直営店へ行くことにした。しかし、南京東路から西路は遠かった・・・。歩いていくのをあきらめた私たちは、タクシーに乗ることにした。しかし、今日は花の金曜日(中国の会社も土日休みのところが多い)で、しかも夕方の帰宅ラッシュの時間。タクシーはなかなかつかまらなかった。やっとこのとで、タクシーに乗り込んだ私たちは、目的の景徳鎮のお店へ。そこで、"蓋碗"や"ポットと茶杯のセット"や玉子殻みたいに薄い器"脱胎磁"を購入。
今夜の夕食は西域料理を食べた。羊の骨付き肉や芹と牛肉の炒め物など、ローズは故郷の料理に似ているので大喜び。しかも、お店を「日本のHPで紹介します」などと言って,私はカメラマンのごとく店内を写真撮影し,ローズは値段の交渉。しっかり値引きしてもらった。


3/22
(土)

今朝は優雅に和平飯店 北楼の8階で朝食。アンティークな窓枠の外には外灘の高層ビルの景色が広がっている。そして、他のテーブルでは朝食にバナナを食べる人々がいる。中国ではバナナは高級品なのだそうだ(ローズ曰く)。
食事を終えた私たちは北楼探検。電話ボックスで記念写真をとるなど、奇怪な行動を取っていた。一番お馬鹿だったのが、ホテルの玄関の回転扉で記念写真を撮ったこと。ローズの撮影が下手なのか,私とカメがへんなタイミングで動くせいか、なかなか良い写真が取れなかった。気がつけば,他の客たちは、回転扉の横の普通のドアから出入りしていた。これって、私たちのせい?しかも、西洋人の家族が回転扉へきたので、私たちは慌てて,「sorry」と言って、扉から離れた。よくみると、昨日の家族だった。また笑われた・・・。
・今日は人民広場のそばにある上海博物館商店へ来た。ここには、高価な茶器や、紅木で出来たミニチュア家具や美術に関する書物が売られていた。ところで、人民広場と上海博物館商店へ行く途中に、女の人が管理している有料公衆トイレがあった。ちょっと驚きなのが,このトイレは時間が経つと、まだ"最中"であっても自動的に扉が開いてしまうのだそうだ・・・。
・今日は他にも、フランスの建物が残るおしゃれな通りや、カメラ撮影禁止の襄陽路市場にも行った。襄陽路市場では偽ブランド品が売られているらしく,撮影していると警察のチェックだと勘違いされる恐れがあるのだそうだ。ここは本当に人が多い。地元の人たちが買い物に来るのだそうだ。昨日行った豫園のお店の人もここで仕入れているらしい。
・お腹がすいた私たちは、呉江路へ生煎包を食べに行った。ここも人でいっぱいだ。通りにはりんご飴のお店や鳥のあし、果物や、その他色んな飲食店があり、テーブルと椅子を外に並べている。そのなかでも一際行列が出来ていたのが"小楊生煎館"の生煎包。
私たちは,生煎包をかって、テーブルのあるお店へ.そこでチャーシュー入りの湯ビーフンや牛ばら肉のラーメン、お粥などを注文。
・夜は南京路を散歩。吉野家やピザハット、ユニクロなど、なんだか見覚えのあるお店が目に付く。ちなみにユニクロはこっちでは高価なイメージなのだそうだ。店内に入ってみて「なるほど」と思った。価格設定が日本と同じなのだ。フリースが65元くらい→980円と行った具合だ。高収入の一般の人でも、1ケ月の給料が10万円満たない国なのに,物の値段が日本と同じというのは、かなり高い価格設定だ。
・デパートにも入ってみた。丸井に入っているような衣料ブランドが沢山あった。価格は日本より若干安めだけど、こっちの人にとってはかなり高価だろう。

今夜は上海最後の夜なので、3人で火鍋を食べに行った。本当に辛かった。冬瓜が以外に鍋にあっていて美味しかった。他にも河えびや豆腐やマッシュルーム、牛肉や鶏肉なども投下。それを、しゃぶしゃぶして、辛味の胡麻だれで食べる。
・満腹でホテルに返ってきた私たちは、買ってきた荷物の梱包を始めた。お布団に入れたのはAM2時半だった。明日は(もう今日なのだが)は4時半に起床せねばならないのに。

3/23
(日)

・目覚ましが鳴った。ものすごく眠かった。カメリアは寝ぼけながらもちゃんと布団からでて、顔を洗いに行った。私とローズは二人で一つのベットに寝ていたのだが,ローズが隣で「3時・・・3時・・・」とつぶやいていた。私は寝ぼけながらも、布団の中で「やばい」と思っていた.間違って日本時間の4時半に目覚ましをかけたことに気づいたからだ。中国時間では3時半だった・・・。1時間しか寝ていない状態だ。私はおそるおそる間違って目覚ましをかけたことをカメリアに告白。カメは何事も無かったかのように布団にもぐり直した。私もそのまま二度寝した。
・今度はちゃんと中国時間の4時半に目を覚ました。というか起きられないでいたら、カメリアに「おきなさい!」とおしりをぶたれた・・・。
ぼけーとしながらも着替えをすませ、ホテルをでた。空港までローズも一緒だ。外はまだ暗い・・・。ホテルの前にはタクシーが3台止まっていた。南京西路から空港行きのバスに乗るつもりだったが,早朝だったこともあって、行き先を告げると3台ともタクシーに断られた。ローズによると、この時間は金にならない短距離は嫌がられるそうだ。そのうえ、私たちの荷物は量が多かったからなおさらだ。
4台目にしてようやく親切な運転手さんにめぐり合った。その人は、バス停までちゃんと連れて行ってくれて、どのバスかも教えてくれた。とても感じのいい人だったので,多めに料金を払おうとしたら「仕事だから」と言って、通常の料金分しかうけとらなかった。
・ローズが心配そうに見守るなか、私とカメリアは福島空港行きの飛行機に乗って日本へ帰った。3時間の飛行機の中では爆睡してしまった。

THE END


毎週金曜日の夜が更新予定(日曜の日もあり)