ジャスミンの中国茶の旅
旅日記

2004年4月7日(水) 行き先:北京→杭州

寝台列車で杭州へ

15時50分北京発 T31(特快速31号)で杭州へ。
今日はローズが会社を早退して駅まで見送りに着てくれた。中国の駅は日本と違うので、独りではきっと列車の乗り方がわからず困惑しただろう。まず、駅に入る段階で荷物検査がある。空港での検査のようにスキャンにかけて中身をチェックされるのだ。駅に入ると中央に大きな電光掲示板があった。そこには列車の待合室の番号が表示されている。私の場合T31という番号。番号の横には「二楼2号(2回の2号室)と表示されている。部屋の場所は案内の看板が出ているので容易にわかる。私とローズが2号室へ行くと、そこは大勢の人(100人以上)で賑わうホールになっていてベンチがある。ベンチの列の前には列車の番号が書かれた看板が置かれていて、とりあえずその看板のある列でみんな自分の列車のホームへ行くための”案内人”が来るのを待つのだ。私もローズと二人で案内人が来るのを40分ぐらい待った。列車発車時刻の20分ぐらい前になってようやく現れた案内人。彼はここの駅員だ。案内人は大きな声で列に並ぶ人々に呼びかけると、みんなを連れて歩き出した。私たちもついていった。彼につれられて改札口へ到着。ここで切符を切られる。改札を通るとそこは工事中だった。ホームの屋根や壁が骨組みしかなくて、シートも張らずに工事をしている。私たちはその工事現場を通過して列車に乗り込んだ。私の買った切符は14車両の17室の硬臥下舗(硬いベットの下の段)。列車のベットは病院の診察用ベットぐらいの幅の3段ベットだ。それがひとつのブースに向かい合わせで配置されている。ちなみに柔臥(柔らかいベット)もあるがこちらは値段が、飛行機に乗るのとあまり変わらないそうだ。

私とローズがベットの上で話をしていると、団体の中国人旅行者が乗り合わせてきた。そして私たちに話しかけてきた。なにやらローズが厳しい表情で彼らと話をしている。状況を察するに、どうやら彼らは私と席を替わって欲しいと言っているようだ。そういわれても私の中国語ではなんとも会話にならない。ローズは彼らとの話を終えたところで、私に説明してくれた。やはり席を替わって欲しいといわれたそうだ。中国人旅行者の仲間の独りが12車両目の部屋になってしまったので、私のチケットとその人物のチケットを交換して欲しいと頼まれたそうだ。しかしローズはその頼みを断った。「席を交換してあげたいけれど、もしその切符が偽者だったらあなたは説明できないでしょう?」と言われた。中国はどんな偽モノが横行しているかわからない国だ。確かに駅の周辺には怪しい切符を売りつけようとする人たちが沢山いた。

発車時刻が来て、ローズは列車から降りた。降りてからも窓ごしにメールで会話。私は「没問題!」と送信。でも実はちょっと涙がでそうだった。これから浙江省杭州市までの約16時間の列車の旅とそこから始まるお茶の旅に不安な思いをしていた。自分の弱さを痛感した。杭州市ではローズの友達が迎えに来てくれると言うのに。彼女は日本語も話せる。到着後に泊まるホテルも予約してくれるそうだ。それなのに、不安になってしまう。

私はしばらく無言で自分の席から外の景色を眺めていた。
すると、さっきの中国人旅行者たちが私のベットに一緒に座ってきた。ベットの下の段は寝るときは私のスペースだけれども、そのほかは上の段のベットの人たちの椅子代わりをする。
彼らは楽しそうにおしゃべりをしている。話声はだんだんテンションが高くなり、「リーベンレン(日本人)」と話しているのが頻繁に聞こえてきた。雰囲気からして日本人を嘲笑していた。そのうち、一人の熟年の女性が、旦那さんと思われる人の横腹をつついて「ターシーリーベンレン(彼女は日本人よ)」と言った。すると夫婦の向かいでこの話の中心となって話している男性が「ターティンブドン(彼女は聞いても理解できない)」といってさらに話は続いた。夫婦は話に混ざりつつも苦笑いをしていた。私はずっと窓の外を眺めて、彼らと目をあわさないようにしていた。でもこの夫婦はいい人かもしれないと思い、みんなが出払って奥さんだけになったときにちょっと話しかけてみた。車窓からきれいな白い花が咲き誇る畑が見えたので、何の花かたずねてみた。すると彼女は「梨の花」と教えてくれた。感じのいい人だったので、さらに続けて聞いてみた。「彼らは日本人が嫌いなの?」とジェスチャー交じりで聞いてみた。彼女は悲しい顔をして、「そんなことない」と言ってくれた。言葉の全てを聞き取ることは出来ないけれど不思議と気持ちは伝わるものだ。それからたぶん彼女は「日本人のことを悪く言っていたんじゃないわ」と嘘までついてくれたようだ。でも、旦那さんがベットに戻ってくると小声でなにか言っていた。私が日本人の悪口を言っていたことに気がついているとでも言っているように思えた。旦那さんも悲しそうにチラッと私のほうを見たので、とりあえず微笑んでみた。その後はこの夫婦がとても優しくしてくれた。夕食にローズが準備してくれたカップラーメンを食べようとしたら、お湯を持ってきてくれたり、それからドーナツとソーセージも頂いてしまった。夜も更けて、私がうとうとしてくると、私の横に座っていた友達に声をかけてくれて「足を伸ばして寝なさい」とジェスチャーで言ってくれた。


車窓から見える景色には時折、茶色い大地に羊飼いの姿も


朝起きると緑の少ない北の地から一変して緑豊かな浙江省の風景になっていた。朝陽がきれいだ。

2004年4月8日(木) 行き先:杭州 茶葉博物館 茅家埠の洪さん家

茶葉博物館と茅家埠の洪さんの龍井畑

昨夜の夫婦は列車を降りるときまで私の心配してくれるので、私は「友達がここに来る」と言った。すると安心した顔で列車から降りていった。駅のホームではローズの友達が待っていてくれた。ローズに持たされた携帯電話に彼女からメールが入っていた。「我 藍色風衣 請多閉照(私は青い服 どうぞよろしく)」。一気に不安が取り除かれた。列車を降りると眼鏡をかけた若い女性が待っていた。駅の駐車場では彼女の運転手(会社の同僚)さんが待っていた。私はその車にのって彼女と杭州の街中までいき、朝食に包子と餅無しのお汁粉のようなものを食べた。そのあとでホテルにチェックイン。といっても、今日泊まるのはホテルでなく杭州国際青年旅舎というユースホステル。ホテルよりも安い旅館のようなところだ。杭州は今、中国で最も土地の値段が高い地域だそうだ。有名な西湖周辺のホテルは通常300元から500元(4500円から7500円)ぐらいする。私が宿泊する国際青年旅舎は西湖のほとりにあるにもかかわらず一泊50元(750円)だ。ただし、風呂、トイレは共同で部屋も8人部屋。台所や公衆電話、テラスやインターネットルームもあってとても綺麗だ。部屋の鍵はオートロックで安全。チェックインして部屋に入ると金髪の白人女性が一人で住んでいた。とてもきれいな人だ。持ち物をみると彼女は私と同じ一人旅のようだ。とりあえず挨拶。

私はローズの友達が待っていたので、急いで荷物を片付けて彼女のところへ行った。
今日一日は仕事を休んでくれたそうで、「行きたいところへつれてきます」と言ってくれた。
お言葉に甘えて、茶葉博物館へ連れてってもらうことにした。
茶葉博物館はちょっと山の奥にあった。入場料無料で自由に見学できる。館内には唐の時代の茶器から現代の茶器が展示されていて、唐、宋、明、清と年代別の部屋になっていた。唐の時代と言えば陸羽の時代で茶経の写しも展示されていた。またこのころのお茶は今のような茶葉(散茶)ではなく固形茶だったため、固形茶を磨り潰して粉にするための道具”碾”も展示されていた。しかし残念なことに陸羽の茶経に書かれた道具全てが展示されているわけではなかった。

茶葉博物館を出た後は近くのお店で昼食を取ることになった。茶農家の庭にテーブルと椅子が並べられていると言った感じだ。頭上には洗濯物があったりもするし、鶏がうろうろしている。それから若い女の子が龍井茶を釜で炒っている姿も見られる。私とローズの友達と運転手の三人が席に着くと、サービスで龍井茶が出された。茶葉がボロボロな上に臭くて飲めなかった。料理はまあまあ美味しかった。
食事中にはやたらと龍井茶を売りつけようとする男が話しかけてきた。私が日本人だと知ると日本語らしき言葉で話しかけてきた。自分なりに覚えたようだが間違っていた。

午後から私たちが向かったのは龍井茶を作っている農家の家。西湖の東側は都会的なリゾート地だが、西側は山が多く、龍井茶の畑が沢山あった。農家の洪さんの家は茅家埠というところにある。この地区の人はみんな洪さんという苗字らしい。私たちは洪さんの家で龍井茶を飲ませてもらった。綺麗な茶葉で味も爽やかで美味しかった。玄関から入ってすぐ側には大きな竹ざるの上に置かれた龍井茶の生の茶葉が置かれていた。部屋の奥では洪さんの奥さんが茶葉を炒っていた。私たちが龍井茶を飲んでいると奥さんが来て「これから茶摘に行くけど一緒にくるか?」と行った。私たちは喜んでついって行った。
この辺は龍井村に比べると地形的にはちょっと低いところにあるが、茶畑は昔からあるらしく、畑の石垣に”明国”と書かれていた。ローズの友達に聞いてみたところ、「この辺の家は新しく建てられたものだけど、畑はずっと昔からあるんです。」と教えてくれた。洪さん(村人)はずっと何世代も龍井茶を作り続けているのだろう。


中国茶葉博物館
建物の周りは龍井茶の畑

洪さんの奥さんに勧められて茶摘のまね・・・。
500グラムのお茶を作るためには2人がかりでまる1日かかるそうだ。

部屋の奥では奥さんが茶葉を釜炒り。
奥さんの手は釜炒りで出来た火ぶくれがたくさんあった。お茶は本当に手間がかかるんですね。

洪さんの家の龍井茶。ちょっと大き目の茶葉だけど美味しかったです。洪さん曰く「お茶の中では龍井茶が一番!」

2004年4月9日(金) 北京 晴れ  
行き先:杭州 西湖→六和塔→梅家烏(茶畑)→霊隠寺→龍井村→花中城大酒店

梅家烏の龍井茶畑と杭州観光

今日は郡山市のロンジンさんと香益大酒店といホテルで10時半に待ち合わせ。
日本を発つときに、同じ時期にロンジンさんも杭州へ行くので、このホテルで合流する計画をしていたのだ。私が宿泊している国際青年旅舎から香益大酒店までは歩いて40分ぐらいの距離があったが、私は西湖(杭州の有名な湖)を散歩がてら歩いてホテルに向かった。
朝の西湖は気持ちがいい。柳と桃の花が植えられていて風情がある。

ホテルでは無事ロンジンさんと合流。それから今日、成田空港から杭州空港へ直行してくるFさん(中国茶教室で一緒だった)を空港まで迎えに行った。
今日と明日は私とロンジンさんとFさん、それから添乗員のグーさん(杭州出身)も一緒に杭州観光。

グーさんに案内された私たちが最初に来たのは”六和塔(ろくわとう)”
六和塔は杭州の有名な河、銭塘江の東側に立てられていて、六和塔の上から見る銭塘江の景色は絶景だ。銭塘江は河の水が海から逆流してくることで有名だ。凄いときには10mもの高波がくるそうで、橋の上から見物していた人々を飲み込んでしまったこともあったそうだ。六和塔は970年にそんな銭塘江の逆流を沈めようと、呉越王の銭弘俶(センコウシュク)が建立した。外見は13階建てに見えるが実際は7階建てで、今あるものは新しく修復されたものだそうだ。昔は内装がレンガで外装が木造だったそうだが、現在の内装はコンクリートになってしまっている。階段には手すりが付けられているが急勾配なため7階まで上るだけでも息が切れてしまう。
六和塔の上から山を見渡すことができた。

山の中にはわずかに龍井茶の畑も見ることが出来た。今も誰かが手入れしているらしい。 

写真:六和塔


桃の花が美しい 西湖の風景

六和塔の上から撮影した茶畑
次に訪れたのは”梅家烏(メイジャーウー)”という龍井茶の有名な村。
杭州の町の中を歩いていると梅家烏龍井という看板をよく目にする。今日はテレビ局も来ていた。

出稼ぎの女性たちが茶摘をしている。
茶農家はとても金持ちでみんな豪邸を建てている。昨日訪れた洪さんの家もなかなか立派な家だった。4月は茶摘の一番忙しいシーズンで、この時期は地方から出稼ぎ労働者がやってきて茶摘をするのだ。年齢は熟年(40歳代)から若い人(20代)で、みんな女性だ。


茶摘をする女性たち


喉が渇いたらみんなこの水を飲む
それから私たちが訪れたのが、有名な禅宗の寺院”霊隠寺(れいいんじ)”

326年にインドから来た僧侶”慧理(ケイリ)”によって造られた寺だ。
巨大な黄金の大仏がある。大仏さまの髪の色が青いのは空を表しているそうだ。表情がとても優しくて心が和む大仏様だった。
この大仏様の裏側には彫刻が施されていて、それも見事だ。
憧れの龍井村へ

本日最後に訪れたのが龍井村。

龍井茶の有名な村だ。標高もちょっと高いところにある。私たちはここで”老龍井”と彫られた泉を見物。龍の頭の形をした石造の口からわずかばかりの水が流れて、青緑の水色をした小さな泉に注がれている。この泉は蘇東坡の時代からあるそうだ。しかし龍の頭は最近になって取り付けたものらしい。泉も改修されたそうだ。実際に古いのは石に彫られた”老龍井”の文字だけだった。
それからこの泉のすぐ側には龍井茶栽培の元となった茶樹が十数本植えられていて立派な囲いがしてあった。杭州には沢山の龍井茶の畑があるが、みなこの樹から増やしていったのだそうだ。
葉っぱをみると、細長い形状の樹や、丸みを帯びたものなどそれぞれに若干の違いがある。

龍井村ではこの村の管理者のお宅で獅峰龍井を飲んだ。ロンジンさんは以前もこのお宅を訪ねたことがあって顔見知りだった。綺麗な龍井茶だ。奥さんは「明前の茶」だと言ったがそれにしてはやや茶葉が大きかった。でも味も香りもなかなかのものだ。甘い豆の香りを連想させる。
私たちはここで獅峰龍井を買うことにした。よい茶葉は通常5百グラムで1000元(15,000円)する。昨日の洪さんもやはり500グラム1000元だった。ここではちょっと値引きしてもらったものの、そんなに安くはならない。中国の野菜や果物のの値段から考えると何故お茶だけがこんなに高いのだろうかと思ってしまう。でも、昨日の洪さんの手を思い出すと、手摘みのお茶にはそれだけの苦労もあるからしかたがないかとも思う。


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