ジャスミンの中国茶の旅
旅日記

2004年4月14日(水) 曇り→晴れ 行き先:杭州市→長興県

グーさんの故郷、長興県へ

午前6:30 ダンスホールが騒がしい。隣の部屋のダンスホールは1日3回開店する。朝はこの時間から始まり音楽と人の声が響き渡ってくる。
目覚ましがなくても起きられるのが利点だ・・・。(・ω・)ノ 

一時間後、昨日から私の心配をしてくれているガイドさんが部屋を訪問。今日はこの心配性のガイドさんと二人で長興県水口郷前塔場村へ行く。彼はすぐに「ひとりは危ないよ〜」(´・ω・`)と言う。この村の事を私に教えたのを後悔していることだろう。単独で村へ行くのを彼に反対されたものの、私が「宜興にも行く予定だったから、宜興に近い長興へも行きたい。独りでも行きたい」と駄々をこねると「わかった、案内するよ」と一緒に来てくれることになった。しかも実費さえ払ってくれればガイド料は要らないと言う。なんていい人なんだ!そんなわけで朝から杭州北汽車駅(バスターミナル)へ来た私たち。切符を買って、8時20分のバスに乗り込んだ。バスのシートはとても綺麗だった。長興県は杭州から北へ2時間程走ったところだ。


北汽車駅
(中国語で汽車はバスのこと。列車は火車)

ガイドさんと自分の分の汽車の切符
行き先や時刻が書かれている

長興県水口郷前塔場村の”農家楽”と”紫笋茶”

陸羽も滞在した紫筝茶の村

長興汽車駅からさらにタクシーで30分程走り、私たちがたどり着いたのは竹やぶが生い茂る農村。
ここは十大銘茶(漢字が不確か)の一つ”紫笋茶(シジュンチャ)”の産地なのだ。

今夜は私一人、ここでグーさんの親戚でこの村の総経人さん宅に宿泊。
グーさんは仕事があるのですぐ杭州に帰る予定。
田舎の家なんてどんなに汚れていることだろうとやや怯えていた私だったが、来て見てびっくり!!
田舎の風景のなかに立派な家があるではないか!( ̄□ ̄;)
中に案内されて部屋に入ると、想像していたものとは打って変わって綺麗なところだった。杭州の安宿とは比べ物にならない清潔さ。聞けばここは新しく建てたばかりなのだとか。なにがいいって、トイレが綺麗で広いことだ。シャワーもあるし洗面台もある。窓を開ければ竹林の景色が美しい。
家の後ろは青梅畑と茶畑。水も美味しい!
そう言えば道路から家へ入る竹林のところに”農家楽”という看板があった。
実はこの家は村に観光に来た人の為に立てたものだったのだ。でもまだあまり観光地化が進んでいないので、道は舗装されていないし自然も沢山ある。人も車も少ないので空気もいい。


1階は家主の部屋と客間
2階は全部、寝室になっている。
10人分ぐらいのベットがある。

周りは自然がたくさん。
田舎の風景がきれい。

美味しい紫笋茶をごちそうになった

山へ行くと竹や筍と一緒に茶畑がある

梅の樹と茶畑

梅の実
いちめん紫笋茶畑のなかには、陸羽がこの地に住んでいたことを記念する忘帰亭がある。すぐそばには金沙泉もある。布目氏の『中国喫茶文化史』の中でも忘帰亭についての記述と写真(1984年撮影)があるが、20年経った今もその景色は変わらない。紫笋茶は唐の時代、宮廷御用達の銘茶だった。金沙泉は当時から有る名泉だそうだ。


忘帰亭

長興県水口郷願渚村

願渚村は前塔場村のすぐ近くにある。
この水口郷は歴史が古く、あちこちに年代物の石碑や像が点在している。
願渚村に伝わる話の一つ、この地に「劉邦に負けた項羽が逃げてきた」という話があるそうだ。
この村には透き通った泉があるのだが、項羽がこの地に逃げてきて水を欲した際に見つけたものとされている。案内してくれる農家の主人と一緒に泉の周辺を探索。
泉の側の岩には唐の時代に、この地(当時は湖州)の州史で楊漢公という人物が彫ったとされる文字が残っている。泉は山奥から流れてきていた。私たちもちょっとその山に登ってみた。すると今度は宋の時代に岩に刻まれたとされる文字もあった。同行してくれたガイドさんも「初めて見ましたよ」と喜んでいた。


竹林の間の道を車で10分ぐらいかな?
竹林のなかには紫筝茶が植えられている。


願渚村の願渚山へ到着
あまり人が来ないのでほとんど自然の状態で残っているのがうれしい。
こんな面白い場所へ来られるなんて本当に幸運だった。心配性のガイドさんに感謝せねばならない。
前塔場村も願渚村も飲料水を山から引いているそうだ。通りで美味しいはずだ。

本当に綺麗な水だった。

岩には”項羽飲水”と書かれている

楊漢公の名前

伝説では項羽が膝をついて泉の水を飲んだ
跡とされている。

長興県水口郷前塔場村フォトギャラリー




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