ジャスミンの中国茶の旅
旅日記

2004年4月18日(日) 雨→曇り→晴れ→曇り  行き先:蘇州

碧螺春を求めて太湖の西山へ

碧螺春を追い求め蘇州の市街地からバスで約1時間、太湖に浮かぶ西山へとやって来た。
パラパラ小雨が降っていたが、私たちが西山へ着くころには止んでいた。
今日も昨日のガイドさんと一緒だ。バスはとても混雑していて、私は年寄りのガイドさんに席を譲った。(年寄りといったら怒られそう)。私は何かに付けてこのガイドさんを「もうおじいさんですからね」とからかった。結局、西山までは距離があったため、窮屈な状態になりながら二人で一つの椅子に座った。西山へ到着するとどこもかしこも碧螺春のお店だった。私たちはそのなかで、ローズが連絡を付けていてくれたお店を探した。
店へ行くと碧螺春の加工の仕方を見せてくれた。感動だ!!
茶葉を炒りながら手で丸めて揉んでいた。しばらくすると白毫が沢山固まりになって現れた。
私たちは出来立てのこのお茶をご馳走になった。昨日採った茶葉だったので若干大きくなっていたが、太湖まで来て飲むお茶は美味しい。

外が晴れてきたので、私たちは茶畑を探しに行った。ガイドさんが時々住民に道を尋ねたが、返事はみんな「すぐ側だ」と言われたらしい。しかしなかなか茶畑が見えてこない。お昼ごはんも食べずに見知らぬ土地で茶畑を探す我々。ガイドさんも「こんな観光は無いですよ」と苦笑した。

30分ほど歩いたところで茶畑を発見!ここら辺の茶畑は梅の樹と一緒になっていた。
梅の樹の根元に茶の樹もあるのだ。それから梅の樹の根元にはキャベツもあったっけ。
畑の写真を撮った帰り道、茶摘に出かけるご婦人達を発見。今日は朝から雨が降っていたので、天気が良くなった昼頃になってようやく茶摘に来たらしい。ガイドさんが「ついって行ったら茶摘を見れるかもしれない」と言うので私たちは彼女らを尾行することにした。途中で気付かれてしまい不振に思われたようだが、茶摘の場所まで行くことができた。しかもちゃっかり仲良くなって写真まで撮らせてもらった。

西山をでて再び市街地へ戻ったが、バスを降りてすぐに雨が降り出した。
晴れ間はまた茶の神様が茶畑へ導いてくれたのだと思った。径山へ行ったときと同じように思えた。
ガイドさんも「あなたはラッキーな人ですね。今日の蘇州の天気予報は雨でしたからね。」と言った。でも彼は「ラッキーな私と出会ったあなたはラッキーな人だ」と付け加えた。
うーむ・・たしかにそうかもね。(・ω・)ノ 
またしても茶摘のまね・・・。
しかも笠まで借りて・・・。

みなさん邪魔してごめんなさい。

2004年4月19日(月) 晴れ 行き先:宜興市→丁山

二つの碧螺春

3日連続でガイドさんにお付き合いしてもらった。しかも食事と寝ることろまでお世話してもらって、いたれりつくせりだ。
今日我々が来たのは宜興市の茶葉工場。でもその前に鍾乳洞(レイ谷洞:レイ=カタカナのヨの下に火)探検もした。鍾乳洞は鍾乳石がみんな小さいもののそれなりに広かった。茶葉工場はこの鍾乳洞の近くにあった。ガイドさんに誘われてアポイントメント無しで勝手に工場へ潜入。なかでは機械による茶葉の加工が行われていた。ここでも碧螺春を作っているそうだ。この辺の茶産業の歴史は古く、碧螺春も実は宜興がもともとの発祥とする考えもあるそうだ。なるほど、長興県の人たちはこのことを言っていたのだ。でも今は蘇州の西山が有名になってしまった。
写真右下は”殺青(サーチン)”という作業。工場の人も「サーチン」と言っていた。
龍井茶の里へ行った際に、農家のおじさんが「サーチンは機械で炒る事」と言ったのを思い出した。
それから揉捻機、乾燥機があった。昨日見た西山の手作り碧螺春とは対照的でおもしろい。所在地も太湖をは挟んで東と西の対岸だ。ちなみにこの工場には「鈴木式」と書かれた日本の機械もあった。何に使う機械化はわからない。
この工場の茶畑はとても広い。見渡す限りの茶畑だ。以前は機械で茶摘をしたことがあったそうだが、今は人が手で摘むようにしているそうだ。

宜興の急須工場


工場を後にした私たちが次に目指すは宜興の急須工場。宜興の急須といっても実際の産地は丁山というところだ。私たちは丁山へ行くためのバスをまった。ガイドさんに「バスはいつ来るのかな?」と聞いてみると、あっさり「わっかりませ〜ん」と答えられてしまった。ここにはバス停も無いので全て適当。通りかかったバスを捕まえるのだ。バスを待っている間に小動物を発見!
無事にバスへ乗ることが出来た我々は丁山の町でお昼ご飯。昼間からビールを飲んだ。
ビールはガイドさんのおごりだ。店の入り口に置かれたビールは実にぬるかった。
それからタクシーバイク(バイクに囲い付き荷台をつけたような乗り物)に乗って急須工場へ。
ぼこぼこの道をタクシーバイクは車をすり抜けて走っていく。ちょっと恐怖。

急須工場へ行くと女性たちが黙々とパーツを手作りしていた。
宜興の茶壷(急須)は全て手で形作っていく。轆轤(ろくろ)は使わないそうだ。
写真は第二工場。雇われた社員たちが並んで茶壷を作っているが、第一工場は部屋が細かく仕切られていて、デザイナーが場所代を払って独自の茶壷を作っていた。

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