ジャスミンの中国茶の旅
旅日記

2004年5月10日(月) 晴れ 思茅市→大理市

大理観光とローズの不調

夕べは寝台バスで寝泊り。バスの一番奥の席になってしまった。一番奥は4人分のスペースが繋がっている。私は窓側に寝た。しばらくして、中年の農民風のおじさんが私たちの隣に来た。となりでおじさんが寝ているというのは、うら若い私とローズにとっては・・・。それからまたしばらくして若い女性も乗ってきた。彼女はローズとおじさんの間に寝てくれた。ちょっと救われた。

バスが大理市の下関に着いたのはAM10:30。途中バスの故障で修理に3時間を費やしたために16時間もかかってしまった。成都、昆明、景洪と列車やバスでの寝泊りが続いたうえにハードスケジュールで旅行していた私たちは、さすがに疲労していた。しかもローズは腹痛が続いていた。ここでもタクシー運転手に安全で綺麗な安宿を尋ね、図書館の招待所にチェックインして休憩。管理者は白族の若い女性だ。服装や言葉は漢族と変わりない。
体がだるい。さすがのローズも無口になっている。それでも、「せっかく大理に来たのだから」と、出かけることにした。とりあえず、下関を散歩がてら”大理白族自治州博物館”を見学。白族の”藍染”や”機織”、民族衣装、家屋の模型などが展示されていた。
天井に張られた藍染の布がすばらしかった。

体調があまりにも悪い私たちは、帰り道で牛乳とパンと西瓜を買って招待所に戻った。
ローズの目が据わっていた・・・。ローズは責任感が人一倍強いので、友達とはいえ日本人の私を連れての旅行は思っている以上にハードなものなのだろう。


博物館の入り口



館内 白族の機織り機

2004年5月11日(火) 晴れ 大理市→麗江

少数民族の茶、三道茶

大理といったら大理古城だが、私たちはそこから19km来たの喜洲という白族の村を目指した。
大理古城から若い男性と相乗りで三輪バイクの乗り物に乗った。彼は喜洲出身の人だったが、西安から里帰りだそうだ。喜洲に到着すると見所を教えてくれた。

私たちが喜洲へ着いてすぐ、藍染製品の写真を持った女性が話しかけてきた。彼女の家では昔ながらの藍染製品を作っているらしく、染料は植物、もちろん機械は使っていないそうだ。私たちは大理で藍染の布を買うつもりだったので彼女の家に行くことにした。その前に、民国時代の商人”珍家”の屋敷を見た後、三道茶を飲ませてくれる場所まで案内してもらった。ここは白族の衣装をまとった若い男女がテープの音楽に合わせて民族舞踊を踊っていて、それを鑑賞しながら三道茶を頂くといったものだった。舞台上には電光掲示板があって、中国語、英語、日本語で舞踊の説明が流れていた。なんだか安っぽい観光客用のショーだった。私はショーを見ながら、「彼らも浜崎あゆみが好きだったりするのだろうか?」などと思っていた。

三道茶はというと、三種類の茶をいっぺんにテーブルに置かれた。

三道茶について、以前、熊猫茶館の掲示板に書き込みしてくださった、龍珠さんの言葉をお借りすると、「三道茶は三回分けて淹れることと言い。普通二人でやります。一回目は紫砂缶を弱火で熱く焼いてからすぐ茶葉を入れて缶を回します。缶内の茶葉が「パパパパ」という音がして、茶葉色が黄色になったらすぐに沸いたお湯を注ぎます。しばらく置いたらいただけます。茶湯は琥珀色で、味が苦くて、ちょっと焦げた香がします。人生の苦労と喩え。二回目は予め大きめな茶杯を用意する。中には生姜、紅糖、蜂乳、煎り白胡麻、細かく切った煎りくるみを入れて、一回目の作法と同じく作った茶湯を茶杯に八分目注ぎます。このお茶は甘くて人生の幸せと喩え。三回目は水の中に麻辣桂皮、花椒、生姜を入れて、煮出した汁を茶杯に注ぎ、苦茶と蜂乳を加えたらOKです。茶杯を揺らしながら熱いうちに飲むのはポイントです。このお茶の味はなんとも言えない味そうです。常に人生を味わうという喩えです。」

とうことなのですが、大理で私が飲んだ三道茶とはちょっと違うようだ。
一苦の茶は人生の苦さを味わうほど苦くない。香ばしい感じ。
二甜の茶は胡桃、生姜が入った甘いお茶。
三回味も甘いお茶。
3種類とも温度はぬるいです。私の個人的な感想は「観光客用に飲みやすくしたかな」ってこと、三道茶の本来の意味は「もてなし」だと思うので、これでは三道茶を飲んだことにならないといことだ。ショーも終わり外にでると、ここまで案内してくれた藍染工場の女性が待っていた。私たちは彼女の家に向かいながら三道茶について話をした。
私は女性に「三道茶は好きですか?」と聞いてみたところ「好きじゃないです」という答えが返ってきた。それから「今では三道茶を飲むのは正月ぐらい。それに若い人は好きじゃない」ということだ。



白族の藍染

馬車に乗って10分ぐらいで彼女の家に着いた。
馬車はタクシーより安い。観光地としての乗り物ではなく、普通に利用されている乗り物だ。
敷地へ入ると大きな樽で布を染めている男性たちがいた。
私たちは屋敷の2階に案内された。そこには染め上がった布が大量に置かれていた。
さっそくローズと私は自分好みの布を探した。
私は白族の藍染で浴衣を作ろうと思い、細かい柄の生地を選んだ。二人合わせて30mぐらいの布を買ってしまった。値段は今まで露店で見た値段よりも数段安い。
女性のお母さんも現れて、布を丸めて袋に入れてくれた。しかしその袋、ローズが言うには「農民の袋!」だそうだ。でもここにはその袋しかない。中国で農民の袋を持つことは、日本で農家の米の袋を持ち歩くのとは若干意味が違う。ここは貧富の差が大きい国だからだ。


藍染の工場

ここの布は絞り染め


数種類の植物が植えられている


染め上がった布


腹痛の蝶蝶泉とがっかり日本人


大きな袋を抱えて、次に私たちが来たのは”蝶蝶泉”。
蝶蝶泉には白族の悲恋が伝わる泉がある。
ロマンチックな恋愛物語大好きのローズが希望した場所だ。

でもこの時、私とローズは二人そろって体調不良&生理痛(;´д`)ノ
通常であればなんてこと無いこの布の入った袋も、今の私とローズには鉛のように重く感じられた。ベンチで休憩していると、どこからか日本語が聞こえてきた。あたりを見回す私たち。
すると、初老の日本人観光客の団体が歩いていた。ほとんどは男性だった。せこい考えの私たちは、そのなかの優しい誰かが荷物を持ってくれることを期待し、さりげなく後ろに近づいた。そしてわざわざ日本語で会話を始めた。

私:「ローズ大丈夫!」

ローズ:「おっ・・・重いです」

私:「がんばろう」

すると、1人の男性が会話を聞いて話しかけてきた。

「なに買ったんだ」

私:「藍染の布を沢山買いまして・・・。
そんな感じでたわいも無い会話をしながら、私とローズは団体旅行者に混ざって歩いた。
さすがに「具合が悪くて・・・」などとは言えず、会話を続けていたら、

客:「若いから荷物は自分たちで持ちなさいね」
っとあっさり言われた。計画は失敗だ~ヽ( ̄Д ̄*)ちっ

しばらくして、蝶蝶泉で”白族の若い娘たちと写真を撮らせる商売”をしていた中年の女性が声をかけてくれた。彼女は私たちの様子を察して「布をここで預かってあげる」と言ってくれた。私たちは「転売されるかも」と言う不安を持ちつつも、体調不良で布を持ったまま泉を観光することのわずらわしさから開放されたくて彼女を信じることにした。観光を終えた私たちが帰ってくると、彼女はちゃんと預かってくれていた。いい人だった。


蝶蝶泉の入り口

中ではおばあちゃんたちが白族グッツを販売
鶏の羽が舞うオンボロバス

下関まで戻ってきた私たちは大理から麗江に行く為にバスの駅に来た。
大理から麗江までは約3時間半。私たちは大きくて新しそうな空調バスに乗ろうとした。
しかし、「満席だから」と乗車を断られた。「向こうのバスに乗ってください」と言われて連れて行かれたバスは、屋根に鶏を積んだ小さなバスだった。しかもオンボロ・・・。
ローズの話では、私たちの持っている農民の袋と茶の苗のせいで乗車拒否されたのだという。
確かに私たちの荷物は多すぎだ。
麗江までは約3時間、そう遠くない。仕方が無いので鶏搭載のオンボロバスに乗り込んだ。

鳥インフルエンザに怯えている場合じゃない

有名なシ耳海(アールハイ)という湖


-熊猫茶館 中国茶の旅トップ-